S&S / BLOG Sep 10, 2022
Text:OKAZAKI MASAHIRO
文章コンテンツ"note"で人気連載中の「僕の洋服物語」その中の記事を抜粋して紹介させていただきます。読んだあなたが、少しでも洋服を好きになるきっかけ、自分の使う道具を愛らしく感じてもらえるようになれば嬉しいです。
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『50s ブリティッシュミリタリーシャツ』

今回のブログでは、私が10代の頃に購入したビンテージのジャケットを紹介するとともに、そのアイテムが教えてくれた洋服を楽しむ醍醐味を書いてみようと思う。

出会い

このジャケットを購入したのは16歳〜17歳の頃。当時、足繁く通っていたビンテージショップで購入した。

当時で2万円ぐらいだった。50年代のイギリスの軍物だと思うが、比翼仕立て(シャツやコート、ジャケットなどの前立てを二重にし、ボタンやファスナーが隠れるように仕立てられた方法)で作られた今見ても上品な印象を漂わせた薄手のミリタリージャケットである。

当時は今より15キロほど痩せており、かなりサイズが大きかったが、独特の発色とコートまでは長くないがお尻が隠れるぐらいの独特の丈感が妙に大人っぽく感じてヘビーローテーションで着続けていた。
現在も年に数回は着用している永遠の一軍である。

太田ボタン店

1950年代に作られた洋服を、高校生がヘビーローテーションで着続けるのだから、当然破れたりほつれたりしてくる。その度、母親に直してもらっていたが、ある日、気がつけばジャケットのいちばん上のボタンが割れてしまっていた。『ベークライト』と言われるプラスチックが主流になる以前の素材でできたボタンは、同じものを手に入れることが難しい。

当時はそれがよほど辛かったのだろう。購入した洋服屋の店長に愚痴をこぼしたら、「ボタンを自分で選んで直すのも洋服の面白いところ。太田ボタン店にいってみな。」とアドバイスをもらった。

店を出て早速、徳島市内の古い問屋街にある「太田ボタン店」という老舗ボタン店に自転車を走らせる。そこには、天井に届くほどに積み上げられた小さな段ボールが所狭しと並んでいた。ただただ圧倒されて店内をキョロキョロ見渡していると、店主であるおばあちゃんが、「何かボタン探しているの?」と温かな声で救ってくれた。

経緯を話すと、「ここは昔から徳島の洋服屋さんはみんな来てくれてるから。学生さんにそんなきつく言わないでもいいのにね。今度きたら怒っておいてあげる。」そういってくれた笑。きっと当時の洋服屋さんの誰からも一目置かれていたのがこのおばあちゃんだったのだろう。

膨大なボタンの中から私が見つけたのが、写真(茶色)の木製ボタン。ジャケットの緑とも相性が良さそうだったし、何よりおばあちゃんが背中を押してくれたのが大きな決め手となった。そして、お店の奥にある小さなテーブルでおばあちゃんは私にボタンの縫い方を教えてくれた。それ以来、私はことあるごとにおばあちゃんの店に通いボタンを買うようになった。

集めたコレクションは、今でも私の大切な宝物であり、店で洋服を買ってくれた人がボタンを無くした際に使っている。同じボタンが希望であれば取り寄せるが、出来るだけこのコレクションから選んでもらう。私がそうだったように、洋服のボタンを付け替えるという体験や素晴らしさを感じてもらいたいからだ。個人的に好きなのはシンプルで主張が少なく質感の良いものが好み。

素材や年代にもよるが、ベークライト素材に関しては透明なものほど値段は高く、特に”アップルジュース” と言われる(写真)退色したリンゴジュースのような色合いのボタンなどはコレクターがいるほど。多種多様、様々なタイプのボタンが存在し、それぞれが洋服の存在感を際立たせる重要なパーツ。いわば『洋服の目』となる。

『気に入っている洋服のボタンを自分の好きなものに変える』その一手間には確かに洋服を楽しむ醍醐味が詰まっている。それは年を重ねるごとに強く感じる。

教えてくれたことを次の世代へ

ボタンを自分で付け替えたり、ほつれを自分で直す。そんな些細なことでも自分の手を動かすことで愛着が増し、本当の意味で自分の洋服になっていく感覚を味わうことができる。

高価な洋服ほど自分で手を入れるのが怖いと感じる方も多いと思う。でも、しっかり作り込まれた洋服だからこそ自分の手を入れることでさらに輝いてくれる。「物を愛し大事にすること」それは自分の生活スタイルからくる経年変化を楽しむこと。決して、新品の状態をキープするために神経質になることではない。

自転車をこいで太田ボタン店に初めて行った数年後、ボタンの役割や洋服の醍醐味を教えてくれた人が経営する古着屋に私は就職し、洋服の基礎を叩き込まれることになる。その店は、私が辞めて別の店に移った1年後 (2002年)に閉店した。

太田ボタン店もまた、私が就職してまもなく閉店してしまった。閉店の数日前、私はおばあちゃんにお礼を言いに店に行ったが会えなかった。いまだにちゃんとお礼を言えなかったことが悔やまれる。

手探りで見つけた宝物

情報が今よりずっと少ない時代に手探りで見つけた実体験からくる知識は宝物。何年、何十年経っても色褪せず心の中にストックされていく。もはや殿堂入りした70年前の緑色のジャケットや当時の店長、太田ボタン店のおばあちゃん…沢山の先輩たちが私の心に残してくれた宝物を、私は次の世代へ繋いでいく使命がある。

日々変化するファッションにおいて「流行」とは程遠いそんな古臭い知識は現代において必要とされていないかもしれないが、私はやはり洋服において根幹を司る大切な部分だと信じている。

私が付け替えたお客さんたちのボタンは、洋服に応じてつけ方は微妙に変えているものの、基本的に取れない(取れにくい)頑丈につけすぎると生地を痛めてしまう恐れはあるが、洋服のボタンが知らない間になくなっていることの方が私は辛い。それもまた、太田ボタン店の最奥。あの小さなテーブルで私がおばあちゃんから教わった “最強のボタン付け方法” である。

【note他の記事はこちら】

https://note.com/slwanstdy

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この記事を書いたひと
岡崎 昌弘OKAZAKI MASAHIRO | sas_okazaki
1981年生まれ SLOW&STEADY 代表。18歳の時より地元の古着屋へ勤務。その後同じく県内のセレクトショップ勤務を経て2013年「SLOW&STEADY」をオープンさせる。
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