『ghoe FM08』
3年前とあるバッグに出会った。
店のホームページでの対談やイベントごとでも協力してもらっている仲の良い革職人が店に遊びに来たときに持っていた小型のレザーバッグ。
見た瞬間、挨拶もそこそこに無意識で「それ何?」と聞いていた。
外出時に使える大きさのバッグを持っていないわけではないが、彼が使っていたそのバッグは横顔がやたらとスッキリして見える独特のフォルム。なんだかよくわからないが『気になる空気』を存分に放っていた。
先に彼の紹介をしておく。
【ghoe】
ghoe (ゴエ)は、革職人・田岡亮祐による革工房です。
屋号の由来になったのは「本当に良いものは職人のエゴイズムから生まれる」という師の言葉。
一針一針「手縫い」で仕立てることは当然ながら、革の裁断から仕上げまで全ての工程で、職人の手作業でしか成しえない特別なクオリティを追求します。最高峰の皮革がもたらす「美しい経年変化」と
「使い込んでこそ輝く仕立て」を見て、触れて、感じて頂ければ幸いです。
https://ghoe.jp/
田岡氏との出会い
田岡氏と出会ったのは共通の知り合いがセッティングした飲みの席。
初対面で彼が話してくれた印象的なエピソードがある。
お互い店を始めたのが同時期の2012年~2013年だが、
彼が店を始める前、自宅で作品を作っていた頃の話。
彼の作品をとあるセレクトショップ(現在は閉店している)が取り扱いをさせて欲しいとオファーがあったそうだ。まだ駆け出しの彼にとっては嬉しい話。早速、その店に打ち合わせに行った際の出来事。
彼の着ている洋服を見て「職人だからってそんなボロボロの格好だと物も売れないよ。シミついてるし。もう少し格好にも気を使った方がいい。作品にも現れている」と店のオーナーから言われたそうだ。
そんな経験があり、彼は「アパレル業界にいる人はそんな人の集まり」だという誤った認識を持っていた。
確かに、喋るまでかなり壁のある雰囲気だった。
「これから革職人として店を構える彼を応援したい」作るものを広めていくためには、”洋服屋嫌い” を払拭しないといけないと常々考えていたらしく、私が呼ばれたという経緯だった。
私「職人と販売員の区別もつかないなら、商談断ってよかったね」
田「結局、数ヶ月、展示するってことになったんです。ひとつも売れなかったですが」
私「我慢しても売ってくれたら嬉しいって最初は感じるよね…そうだろうね。売れるわけないもん」
飲み会で田岡氏が着ていたのはビンテージのブルーのショップコートにくたびれたリーバイスのデニムだった。商談に行ったのも同じコーディネイトだったそうだ。※ショップコート(薄手のミドル丈のコート)
私は、
「悔しいよな。なんかごめん。洋服を変える必要はこれっぽっちもない。今のままでいい。なんならベストチョイスじゃないの?着ているショップコートはフランスの古いモノでしょ?生地も強いし、ポケットも多いから便利でしょ?色もかっこよく褪色してるし。職人仕事ならパンツはジーパンがベストだもんね」
「洋服が仕事を語る。ライフスタイルを語る。
それこそ洋服本来の姿。革職人が流行を意識しスマートに全身コーディネイトしているほうが、どう考えても不自然だよ?」
そう伝えると、田岡氏は「洋服屋さんはみんな同じだと思っていました。こちらこそすいません」と言ってくれた。
そこからお互いの悩みなんかを定期的に話する仲になり現在に至る。
革職人の着る洋服
今も定期的に店に来て、
「強いやつ」「あったかいやつ」「僕に合うもの」
といった具合に洋服を買っていく。
私は、そんな彼のスタイルが大好きだ。『餅は餅屋』を徹底しており、洋服に関しては完全に私に任せてくれている。古き良きスタイルである。
毎日仕事で着続けていることを分かりやすく物語る彼の洋服はすべからく『職人の衣』に育っていく。なぜこの魅力を洋服屋がわからなかったのかいまだに理解に苦しむ。
「汚い」「不潔」そんな印象を相手に与えるのは確かによくない。ただ着用と洗濯を重ね、洗っても消えない革に使う顔料や塗料のようなものが、ところどころについた洋服を見て「かっこ悪い」と言ってしまう人に、彼が作るものは到底理解などできないだろう。
『衣類=道具』であるということを忘れ、ただ着飾るためのものとして考えてしまっている。
少し脱線したが、そんな革職人が毎日使いたいと思い、コツコツと試作を重ねて仕上がったのが今回のカバンだった。
この鞄について
使用している革は、イタリア、トスカーナ地方にある大手タンナーの親族が経営するより趣向性が高い革を作るタンナーが作ったもの。
流行や経済性に流されず革の持つ力を愚直にきちんと引き出している素晴らしいタンナーらしい。※タンナー(動物の皮を鞣して鞣し革にする製革業者)
上質で自然な経年変化が楽しめるショルダー(牛の肩の部分)吟面(表面)は、きめ細かくナチュラルなシボ感やシワ感があり肉厚でとても柔らかい。
「美しい横顔の小さなショルダーバッグ」という構想から始まりました。この手の鞄は側面に縫い返しがあったり複数のパーツが付いたりと狭い面積に多くの要素が詰まりがちです。それが良い場合もありますが、この鞄は「側面のすっきりとした美しさ」「正面から側面への流れるような膨らみ」を考えて設計しました。あえて裏地をつけないことで身体に沿いやすい鞄を目指しました。(ghoe・田岡)
総手縫い。コバの処理は日本の伝統技法でもある、切り目本磨きと呼ばれる手間のかかる方法で処理されている。
市販されている革製品の多くは、ヘリを折り返して縫い合わせている物や、切り目でも、裁断面に色の着いた樹脂のようなものを塗布しているものがほとんど。
コバをヤスリで何度も磨き上げ仕上げるこの方法は、
見た目も美しく、また衝撃やスレにも強いのが特徴である。
真鍮のキャストパーツもポテっとした趣あるフォルムが革の質感と相性良く収まっている。
縫い合わせ仕様で内部に強い芯材を入れているため、使用に伴いストラップが伸びることもほとんどなく安心感ある設計。
その後
このカバンは私の店で常設展示しておりいつでも注文可能にしている。
最近思うのだが、私の周りには「職人気質」な人間が多い。流行や世の中の動向などはそれぞれ頭に入っているのだろうが、みなそんなことを気にせず突き進んでいる。
彼のように。
最近はお互い忙しく、めっきり一緒に飲みに出掛けていないが、田岡君とは朝までよく飲んだ。お互い仕事スイッチを常に “ON” にしているタイプなので、結局、朝まで仕事の話やモノづくりの話をする。
世間体や常識にとらわれず自分の道を進むというのは、外から見れば『破天荒』『自由人』として見られるが、本人たちは「それしかない」と覚悟を決めて毎日過ごしている。全てわかったうえでやっている。
皆、強そうに見えているが、繊細で儚い部分も持ち合わせているのだ。
彼が昔よく酔っ払うと歌ってくれた「ブルーハーツ(トレイントレイン)」を無性に聴きたくなることがある。
荒々しくも繊細。いかにも彼らしい選曲である。飛び跳ねながら歌を歌っていたのが懐かしい。現在は『1年〜1年半待ちが当たり前』と言われる革職人として業界で名を馳せている。