※これは店長岡崎がnoteというSNSで連載している『僕の洋服物語』というマガジンの記事からの抜粋です。
中学3年生の頃に同級生の影響で洋服の魅力に取り憑かれ、今に至る(41歳)までに体験した『洋服』をはじめとした『モノ』にまつわるアレコレ。
自分の価値観を形成するうえでターニングポイントとなった『私と”モノ” との記憶』いわばモノにまつわる物語を書き綴る日記。読んだあなたが、少しでも洋服を好きになるきっかけ、自分の使う道具を愛らしく感じてもらえるようになれば嬉しい。
「僕の洋服物語より」
『 JABEZ CLIFF Stirrup Belt 2.8 』
私自身、サスペンダーなどを使う場合やベルトをつけられないパンツを履くとき以外はベルトをつけない日はない。仮につけるのを忘れたりしようものならもう大変。毎日革靴の私が、たまにスニーカーを履いた日のように..時計をつけ忘れた日のように、なんだかソワソワして、気恥ずかしい気分になってしまう。
ベルトはパンツのウエスト位置を決めるための道具だが、その歴史は意外と浅い。日本にはじめてベルトがやってきたのは大正10年(1921年)以降だといわれている。それまで主流だったサスペンダーに代わり一般的に使われるようになるのは、昭和の初期1930年以降らしい。
今ではどんな人でも一本は持っているベルト。特に男性のベルトというのは特に実用性が求められる。そのため、汗にも強く、長く使えなければ意味がない。ベルトを締めることで、パンツは止まっておくべき位置をキープできる。どれだけ全身余念なくコーディネートを組んでも、パンツのウエスト位置が定まっていないと、それだけで見た目の印象は大きく変わる。
まさに洋服を着るうえで無くてはならない必需品である。
JABEZ CLIFF(ジャベツクリフ)
1793年の創業以来、イギリス国内において皮革工芸を伝統として馬具などを作り続けているメーカー。人馬一体、人荷一体、乗り手と使い手に意識させることなく馴染むものを作り、何よりも頑丈ということを理念に200年以上にわたり馬具、革製品を作り続けている。
そうした功績が認められ1990年にはエリザベス2世より英国王室の御用達を授与された。ジャベツクリフはオリンピック馬術競技のイギリス代表チームが使用する馬具のオフィシャルサプライヤーであり、現在、堅牢な革の中でも特に丈夫なスティラップレザーといわれる革を使用したベルトが有名。
スティラップとは馬具の中の鐙(あぶみ)のことで鞍と鐙をつなぐ部分に使用される皮で、とても厚く、頑丈であるのが特徴。
ベルトの穴の横に刻印された数字は鐙の高さを左右合わせるための数字で、そのディテールはベルトにも残されている。
質実剛健
ベルトの幅は、非常に重要。幅の太いベルトは当然、しっかりとウエストを固定できる。その反面、デニムやチノパン、軍パンのような強い生地以外のパンツに使用すると、ベルトループ(ベルトを通すためのループ)に負担がかかり、ちぎれてしまったりする。逆に細すぎるとどことなく頼りない。
そもそもスラックスなどはベルトループの幅も狭く、幅の広いベルトは使えない場合が多い。本来はデニム用、リネン用、ウール用など素材やパンツに合わせて持っておくのが理想的。ただ、めんどくさがり屋な私は、どんな場面でも使えて頼りになるベルトがあればそれでいい。結果、選んだのがこのベルトである。
スティラップレザーと呼ばれる馬具の鞍と鐙(あぶみ)をつなぐ部分に使用されるとても厚く、頑丈な牛革であり、ブライドルレザーと呼ばれる蝋引きの革は汗にもめっぽう強い。
経年変化
写真上部は私が5年ほど使用したもの。新品と比べると真鍮がくすみ、光沢は消えている。私はそこまでピカピカが好きではないので磨いたりはしないが、磨くと綺麗に光る。そこら辺は好みや、洋服に合わせて調整すればいい。私は、黒と茶色、各2本所有しフォーマルな場所でスーツを着るとき用と普段使い用で、使い分けしている。
写真左が新品。当然、革も使うほどに柔らかくなる。革部分に関しては定期的に保湿や補色をしてメンテナンスしている。伝統に裏打ちされたクオリティーでありながら、価格が1万円台と素晴らしいコスパなのもありがたい。
廃業からの復活
1793年から続いた素晴らしいメーカーだったが、2014年に突然廃業してしまう。理由は工場の火災だと言われているが、それ以外にも馬具需要の衰退や、ベルト自体の選択肢(他ブランド)の乱立なども大きな要因ではないかと考えている。ただ、その一年後、このブランドは外資系メーカーの力を借りて見事に復活する。
当時働いていた職人たちが別ブランドを立ち上げたりした事から、クオリティーが下がった、質感が変わったなどと言う人もいるが、かれこれ15年以上使い続けている私の個人的な感想としては、そこまで悪く言う理由も分からないし、クオリティーが下がったとも思わない。むしろ15年前に初めて買った1本の方が、質感もクオリティーも良くない印象だった。それが原因で数年使わなくなったのだから。
そんなこんなで紆余曲折はありながら、ここ10年はほぼ毎日使っている。まさに相棒と呼ぶにふさわしい。
無くなっては困るもの
今も昔も、時代とともに消えていくメーカーは数えきれないほど存在する。そんな中にあって、こうやって復活を遂げるのは珍しいことかも知れない。ただ、廃業から1年足らずで復活できたのは、私同様に「無くなっては困る」という声が世界中から集まった結果ではないだろうか。
確かに伝統を守りながら、何十、何百年と良い製品を作りづつけるには数えきれない奇跡を紡ぐほかない。そんなことは限りなく不可能に近いだろう。ただ、それを愚直に続けていたからこそジャベツクリフには新しい道が開かれた。
タフで上品。もちろん製品として好きなのはちがいないが、酸いも甘いも乗り越えて復活したこのベルトは、パンツの位置だけではなく洋服屋としての私の立ち位置まで定めてくれている気がする。