S&S / INFORMATION Sep 30, 2022
Text:OKAZAKI MASAHIRO
10月7日、10月30日にリリースを控えた【Painted Blank】の新作姉妹ニット、その名もKimberly(キンバリー)と Kelly(ケリー) このニットを作り始めて2年。今回はリリース直前ということもあり、製作までの道のりを細かくご紹介します。(全4回)にわたる長編物語ですが、みなさま是非読んでください。
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今回は、10月7日・10月30日にリリースを控えたオリジナルブランド『Painted Blank』の新作ニット2型を紹介する。
どちらも冬の必需品であるセーターであり、ブランド初となる海外生産にチャレンジしたアイテムである。

『Painted Blank “Kimberly” & “Kelly”』

あなたは洋服の製品タグに表記された「ウール」と「毛」の違いをご存知だろうか?

ウール=毛

だと思っている方も多いが、羊の毛100%をウール。それ以外の獣毛がブレンドされたものを総じて毛と呼ぶ。過去、羊以外の動物の毛が混ざった素材もウールと呼んでいたことがあり、素材の混同を避けるため1964年、あのウールマーク誕生した。国際羊毛事務局(ザ・ウールマーク・ カンパニー)が制定したものだ。

羊、カシミア、アンゴラ、アルパカ、モヘアなど動物の毛を使った製品は数多く存在するが、代表と言えるのはやはりセーター(ニット)である。この世界にも綿花と同じく、アパレル業界が安価を突き詰めた結果、生んでしまった歪みが数多く存在する。

アンゴラウサギの毛から取れるアンゴラは、繊維が長く、なめらかな風合いが特徴で、やや光沢があるため高級ニット素材として使われている。世界のアンゴラの90%が中国で生産されているが、2013年ウサギを生きたまま物干し竿のようなものに手足を縛って吊るし、毛を引き抜いている動画が流れた。

3年後の2016年9月、フランスの6箇所のアンゴラウール生産農場の実態が明らかになったが、そこでも中国と同じ方法で毛を採取しており、この動画以降、H&M、GAPなど大手ブランドはアンゴラ素材を自社製品に使用することを禁止。他の有名ブランドもこぞって後を追う形となった。

中国やモンゴル、イランなどで主に生産されているカシミア。カシミアヤギから取れる動物繊維だが、ホワイトカシミアと呼ばれる最高品質とされるカシミアヤギを育てているモンゴルの人たちの多くは、自分たちが飼育しているヤギの毛を使ったニットが、どれだけ高額で販売されているかを知らない。

ひどい場合は高級素材とも知らない場合もある。それを、日々の生活のために、ワンコインに近い価格で業者に売っている。ビキューナと言われる幻の素材があるが、アンデス山脈に生息するラクダ科のビクーニャという動物の毛から作られたもので、乱獲が進み絶滅がささやかれている。今はペルーが国の管理下に置き毛を採取することに厳格なルールを設けているが、密猟が未だに絶えない。

そんなさまざまな歪みが重なって、高級素材を使った低価格なニットが作られているということだけは頭に入れておいてほしい。

〜 起点 〜

動物の毛がなければセーターは作れない。健康に動物を飼育してくれる人がいなければ動物も育たないし、良い素材も生まれない。
ほんの最近になって少しずつ環境も改善されつつあるが、一体どれだけ長い間、私たちは製品の裏側に目を伏せてニットを着用し冬の寒さを凌いできたのだろう。

良いニットの特徴ともいうべき毛玉は、嫌がられ、むしって捨てたり専用のカッターで切り取って捨てられる…
私も過去、なにも考えずそうやってきた。でもそれはお茶碗に残った米粒を捨てる行為と変わらない。流石に獣毛は食べられないが、そこに “毛” ほどの感情も抱けないのは、そんな現状を知らない人が多すぎるからだ。

ニットに使われている動物の毛。その情報を調べれば調べるほど、ここでは書けない(書きたくない)ような記事ばかりが目に飛び込んでくる。

「素材に感謝できないのは真の洋服好きではない」

そう思い、私はニットを作ろうと決めた。
冬の寒い時期、毎日私が着用しているのはニットなのだから。本気で動物繊維と向き合うことを決めた。

それが、約2年前。
いつも以上に長い…ほんとうに長い旅の始まりである。

〜 始まりはいつも壁〜

「ニットを作る」そう決めたものの、どこから手をつけていいのかさっぱりわからなかった。ひとまずいつも通り素材を探すことから始めた。情報収集から始めたが、他のアイテムの企画や日々の実務の合間に探していたため何ヶ月経っても前に進まなかった。

何社かメールや電話してみて分かったのは、素材のランクや原産はわかるが、生産背景まで細かくクリアにできる素材は限られていること。私が望んでいることを実現するには、現地に直接赴いているような人がいるメーカーでなければ難しいということが分かった。
要するに、私と同じような考えを持ち、生産者、工場とも直接話ができるような人(メーカー)を探し当てるほかなかった。

私のルールとして、取り扱いブランドのデザイナーに聞くのは禁止している。その行為は、それぞれに人生をかけてものを作っている人に失礼だと考えている。あくまで自分の力で繋ぐことができないなら今の私には作れないと諦める。

田舎の洋服屋が手探りの実体験を重ね続けて生み出すアイテムこそ、私が作るブランドの理念のひとつだと思っている。

手探りを続けていく中で、数々の有名ブランドのアイテムを制作する徳島 (地元) のニット工場の存在を知り、直接話を聞きに行ったが、やはりそこからクリアな素材に辿り着くことはできなかった。

すでに作ろうと決めて半年近く経過していた。
今回の壁は想像以上に分厚かった。

〜奇跡を生むのはご近所さん〜

しばらくして、いつも遊びにきてくれる神戸のメーカーさんがふらっと遊びにきた。なんでも南米に仕事で行っていたらしい。その時の会話は、

「仕事で南米ですか?」
「そうなんです。ペルーです。」
「…….アルパカですか??」
「そう。数年前から行ってるんですよペルー。」

アンデス山脈の高山地帯に生息するアルパカの毛はモンゴルのホワイトカシミア同様、最高品質だと言われている..

経緯を話すと、社長も私と同じ気持ちで数年前からペルーに通っているそうだ。前職場時代から知っているが、私より少し年上で見た目も若く、喋り方もいつもふわっとしている。内心「チャラい」と思っていたが、実はそうじゃなかった。

なんと驚くほど近くに、求めているメーカーさんがいた!

こればかりは「奇跡」としか言いようがない。未だに私も縁に助けてもらったと心底感謝している。そのとき初めて、社長の生い立ちを聞くことになる。さほど服に興味がなかったところからアパレル業界へ。

そこで数々の経験を積み上げ自身の会社(輸入代理店)を立ち上げたこと。現地へ行って人間関係を構築することから始めるというスタイルを貫いていることなど。

この奇跡の縁がどうなるかは分からないが、
思い切って私のニットを任せてみようと思った。どうせ進んでいなかったのだから、ダメならまた最初からやり直せばいい。

その時点で自動的に私のニットは羊ではなく、カシミアでもなく、アンデス山脈に生きるアルパカの毛を使うことが決まった。

〜光と虹の香りがする素材〜

https://www.michell.com.pe/

アルパカの毛を扱う会社は数々あるが、国が労働環境や素材の正当性などを正式に認めた数少ない(2社しかない)Michell(ミッチェル)というペルーの会社を通して素材を確保することに決まった。

そこから毛のサンプルを送ってもらい最終判断となる。

到着までに何度も確認を取り、現地での職人のことアルパカを飼育する背景などを細かく聞いた。もともと、私と同じ気持ちでペルーに赴いた社長の話は非常に興味深かった。

1ヶ月後、素材が到着した。

さすがにアルパカの毛だけでは判断できないので、私がつくりたいニットの生地イメージに近い私のお気に入りセーター(肌触りや、厚さ)を数点現地に送ってもらい、現地の契約工場で20cmほどのサンプル生地を作ってもらった。

用したのは、ベビーアルパカ100%(生後3ヶ月以内のアルパカの柔らかい毛だけを櫛ですいて取った、1頭につき、たった1回だけしか採れない貴重な素材)だけを使った。

今まで経験がないほど素晴らしい肌触りに鳥肌が立った。

「こんな素材、私が使っていいのだろうか」

そんなことも一瞬頭をよぎったが、極上の素材を手に入れたのだから、最高のセーターを作らなければいけないと改めて強く誓った。すでに、ここまで来るのにすでに1年近く経過している。早い人なら寝ていても仕上がっているかもしれない笑。しかし、私の鈍足ニットが完成したら、形を変えず毎年発売したいと思っている。「リリースしたら終わり」そんな洋服だけは作りたくない。

長い目で判断すれば、このスピード感もみんな少しは許してくれるだろう。

「ニットを3回(3年)連続でリリースできたら、私もペルーへ行く」

社長にはそう伝えている。本当は現地へ行って素材を生で見て判断したかったが現状は託すほかなかった。ペルーへ行き、現地の人たちにお礼を伝え、私のニットは本当の意味で完成する。5年、10年、それ以上に付き合いを続けていくことを前提とした商品を作り、支えてくれている人たちなのだから。

この時点で、察しのいいあなたならもうわかるだろう。1年を使って決まったのは素材だけ。
肝心のパターン(設計図)はこれからである。

ここからも、分厚い壁が立ち塞がり何度も私の足を止めてしまう。続きはまた明日。


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この記事を書いたひと
岡崎 昌弘OKAZAKI MASAHIRO | at_slowandsteady
1981年生まれ SLOW&STEADY 代表。18歳の時より地元の古着屋へ勤務。その後同じく県内のセレクトショップ勤務を経て2013年「SLOW&STEADY」をオープンさせる。ブログとは別で文章形SNS『NOTE』にて洋服にまつわる記事を毎日更新しています。 『NOTE』 https://note.com/slwanstdy
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