
今回紹介するのは、おそらく1900年〜1940年頃に使われていた木製のステッキ。3年ほど前に旅先のアンティークショップでみつけたものである。
「聡明な人は、旅を通して最高の自己形成をする」
これは、ドイツの有名な作家ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉だが、ドイツの職人の世界には中世から続いている伝統的な風習がある。
『Walz(ヴァルツ)』と呼ばれる卒業試験を兼ねた「放浪の旅」である。
このステッキは、その放浪の旅のお供として使われていた物だろう。
Walz(ヴァルツ)
卒業試験の資格者は、マイスター(師匠)のもとで3年間の修行を積み、ゲツェル(職人)の称号を取得したものしか認められない。当時の職人組合の規定としてマイスターとなるためには、この放浪の旅を終えなければならない。
期間は3年と1日。現在は旅をするしないは自由となっているらしいが、大工などの職人を目指す人たちは今も昔ながらの伝統を引き継いでいるそうだ。
店に飾ってある、店のメインブランド frank leder (フランクリーダー)のスカーフだが、描かれているのがまさに放浪中の職人たちの姿である。この『Walz(ヴァルツ)』と呼ばれる卒業試験には様々な規定が設けらていた。30歳以下、未婚であり借金などを持っていないものなど。
服装の規定も存在していた。大工の場合は、黒い帽子、襟のない白いシャツに黒のコードジャケットとズボン。木製の杖を持つこと。
「シャルロッテンブルガー」という身の回り品が入った巾着袋を持つこと。


いわば、職業別にわかりやすく『卒業試験中』だと一般人にも認識できる装いでなければならなかった。理由は、ドイツの一般人たちはその姿を見て、自らの家に、修行中の職人たちを泊めてあげたり、食事を提供したりしていたからである。まさに国を代表する伝統文化なのだろう。
旅の歴史を物語る道具
杖の話に戻るが、このステッキにも独自の物語が込められている。
実際は旅の証拠として使われていたのだろうが、行った先々で渡される専用のエンブレムを職人(持ち主)がひとつひとつ杖に釘で打ち込んでいるのだ。どこから出発してどこへ行ったのか。それがこのエンブレムをたどることで理解できる。
この杖はおそらく、ドイツ北部のレムゴーという場所から出発。



南下してスイスに、そしてイギリスへ。
“男心をくすぐる” というのはまさにこのことだろう。ロマンを掻き立てる歴史の詰まった道具であり私の趣味趣向や仕事ともリンクする。このステッキのように、上から下までびっちりと当時のエンブレムが残っているものは少ない。ひとつひとつのエンブレムの状態も良い。店のオブジェとして、ハット、巾着、杖、この杖を店に配置することでようやく旅支度が整ったのだ。
目を閉じると感じる旅の情景
この杖を握りしめ目を閉じると、自分もヨーロッパを旅しているような気持ちにさせてくれる。3年前たまたま見つけたモノだが、自分が歳を重ね、杖を必要とするときが来れば、こいつを使おうと思っている。それまで、ここ「阿波の国」でゆっくり鋭気を養ってほしいと思う。歴史とロマンを内包したこの杖だが、私が「買おう」と思った最大のポイントを最後に紹介する。

見えるだろうか?何かの花の模様が彫られている。ステッキ上部に掘られた持ち主のサインと同じ太さなので、もとからのデザインではない。きっと旅先で道端に咲いていた花を修行中の職人が自ら描いたのだろう。旅の物語をエンブレムで感じながら、持ち主のことを頭で想像する。道端の花を自らの相棒に描くその人物はきっと心優しい人に違いない。そんな世界でひとつだけの物語がこの杖には宿っている。
「もう聞き飽きた」と言われそうだが、何度でも書く。

『ALL THE STORIES MAKE YOU STRONGER』
「全ての物語はあなたを強くする」
このステッキは私をまだ見ぬ場所へ連れて行ってくれると信じている。これからも、私が紡いだ「物語」を発信し続けようと思う。目に見えない力を信じて。
この旅にゴールはない。思い描く理想の場所に辿り着くまで『僕の洋服物語』は終わらない。