素材を生かす(抽出)
「素材に感謝できる未来のためにニットを作る」
考え始めて1年。南米ペルーの、極上のアルパカ素材を使えることになった。素材→糸→製品このラインも問題ない。あとは、肝心のシルエットを作る作業。まずは私が “着たい” 冬用のニットの特徴を書き出してみる。
【ノートから要点を抽出】
▪️インナーに着れる薄手のハイゲージ(目が詰まっている)
▪️柔らかくて軽い
▪️性別、年齢関係なく着れる
▪️ややゆったり(オーバーサイズではない)
▪️ストレスがない
▪️リブはいらない
▪️厚手と薄手2型必要?
▪️厚手はゆるいざっくりとしたタートルネック
今回のニット制作において一番大切なのは、シンプルでどんな人でも着やすく、コーディネイトの邪魔をしないモノ。さらに一枚でもサマになる。主役も脇役も務まるニットでなければならない。
「今日もこれでいいか」
そんなセリフがつい口から出てしまうニットが理想的だと考えた。
「着なくなるニット」「着続けるニット」
その違いを言語化していく。これは私が洋服を作る際に必ず行うことで、頭で理解していたり、普段からお客さんに伝えていることであっても一旦ノートに書き外に出す。結果、着用時期や用途の違う2型を同時に制作することにした。
素材を生かす(サンプル制作)
書き出した素材を反映させて、設計図の元となるパーツを組み上げていく。首元の形、袖の太さや仕様、着丈や裾の始末、全体的なシルエットバランスなど。この作業はいつも私の落書きから始まる。
絵心がないので見せるのは恥ずかしいが、いつもこんな感じでざっくりとした絵を描いて、そこから細かく修正を重ねる。
その後は、参考資料として既存の洋服を数枚一緒に送り、口頭とメールでかなり細かく指定する。工場と意思疎通が十分にできた時点でサンプル制作をお願いするのがいつもの流れ。
それこそ、今回最大の不安要素だった。
いつもは工場のパターン製作者と直接意思疎通を行なっているのだが、今回は海外生産。メーカーの社長経由で話をしても100%伝わっているのか分からない。そんな状態で作る。
「数回のサンプル修正は必ず必要になってくるだろうな」そんな不安が頭をよぎる。それではさすがにコストがかかりすぎるし、生地とシルエットを同時かつ的確に修正をかけるには言葉の壁がありすぎる。
ひとまず生地から詰めていくことにした。セーターというのは編みかたひとつで全く別のモノになる。編み目やピッチ(幅)が少し違うだけで着心地やフィーリングも全く異なる。
試合開始
私の想像は的中した。初めて作ってもらったサンプル生地はストライクゾーンからボール3つほど離れていた。「6割ほどしか伝わっていない」そんなイメージだった。
まず、柔らかすぎる。最高品質の素材だけに質感はどれも最高。マフラーなどに仕上げるなら問題ないがニットとなれば、柔らかすぎると型崩れを起こしやすく、着心地に物足りなさが発生する。
薄手のニットに使う生地(写真左)は、申し分なく指定どうり、いやそれ以上に調整されていた。これには私も驚いた。ただ、厚手の生地(写真右)のリプ幅が細すぎる。あとやはり柔らかすぎる…
近くなってきたがまだボール1個半外である。
この時点で、薄手の生地を一回で完璧に調整した熟練のペルーの職人も、「ベビーアルパカ100%で作れるニットの中ではこれでも最大限に堅く織っている。これ以上は難しい。」という返事だった。
「ベビーアルパカの糸とアルパカの糸を使えばすればもう少ししっかりした素材を作ることができる。」解決策も同時に教えてくれた。
私は、希少なベビーアルパカだけを使いたかったわけではない。アルパカ100%とベビーアルパカ100%どちらも素晴らしい素材である。早速お願いした。
3度目の正直 (すでにこの作業だけで3〜4ヶ月を要している)
「100%納得できるまでどれだけの時間がかかるのか?もしかしたら無理なんじゃないだろか」ここ数ヶ月、そんなことが常に頭から離れずに過ごしていた。1ヶ月後、3度目の生地サンプルが仕上がってきた。
『ストライク!!』
ド真ん中の直球が、僕のミットに投げ込まれた。嬉しいというより安堵という表現が正しい。ようやく生地が決まった。
サンプル到着
薄手、厚手ともに生地は完成した。
生地を決める間、伝わりずらいことがわかった私は、いつも以上に細かな指示書を作成した。
そして、6月中頃に2着のサンプルが届いた。
まだ店のお客さんにも見せていないので初披露となる。興奮を抑えながら試着してみた…
やはりそんなにうまくいかない。感覚的にはボール2つほどズレていた。薄い方は着丈が2.5cmほど長く、首元の形が開きすぎている。首周りの形も袖のシルエットも良くない。
逆にタートルネックは着丈が3cm短い。
身幅も2cmほど広い。
細かく修正依頼を頼んだ。
「きっと、現地の職人さんたちも呆れているだろうな」そんなことが頭をよぎりながら、先日、完成したセカンドサンプルの画像が現地から届いた。後追いでサンプルも届いた…
ミットを突き破るほどの直球ストライクだった。
やっと…やっと完成した。
あとは納品を待つだけだが、最後まで不安なのは個体差である。私がいつもお願いしている縫製工場さんは、ほぼ個体差がない。そんなの当たり前だと思うだろうが、私のように天然素材だけを使っている場合は特に、仕上がりに若干の個体差があるというのはよくある話。すでにリリース日は10月1日、11月1日に設定している。例え徹夜になろうが到着して一点一点確認する必要があるだろう。
旅のしおりと切符を片手に
私の旅の終盤には、いつもの作業が残っている。旅の思い出を綴ったしおり(購入者には必ず渡している商品開発の経緯や特徴、メンテナンス方法などを書いた取扱説明書)作り。
この作業は、生産できることが確定しなければ当然作れないため、いつもギリギリでの制作となる。ただ正直、私はこの作業自体は嫌いじゃない。まるで長い旅を振り返って、日記を書くような気がして楽しい。
さらに今回はこの冊子に加えて、100%のアルパカ素材を使った製品だと証明するシリアル番号入りの専用タグを、ペルーの調査団体(第3機関)が発行しているという情報が制作段階で分かった。
全てをクリアにしたからこそ申請できる切符である。
そのタグは別途申請しこちらが手数料としてタグを枚数分だけ買い取るかたちではあるが、商品の納品に合わせて間に合うように現地スタッフが動いてくれている。
アンデス山脈で育ったアルパカの毛100%だと言い切れること。私にとってその切符があるからこそ胸を張ってみんなに素材の素晴らしさを伝えられる。手にする人の安心にも繋がるだろう。
子供の名前は顔を見て決めたいという親心に似たものだろうか。先日になってようやく名前を決めた。
薄いニットは、Kimberly(キンバリー)厚手のものは、Kelly(ケリー)という名をつけた。ブランド初となる女性の名前。姉妹という設定である。
光と虹を求めて
光と虹に程近いアンデスが育てた素材から作られたこの姉妹ニット。到着したその箱を開けると草原の香りがするに違いない。多分、検品の前に一旦泣いてしまうだろう。現にこの文章を書きながら何度か感極まりキーボードに涙がこぼれ落ちた。
それほどまでに今回の2年の旅は長かった…
まだ南米から2人の姉妹がこちらへ向かっているとの報告はないが、きっと10日以内には到着するだろう。無事に徳島に到着することを願うばかりだ。
最後に
鈍足でマイペース。発売時期もバラバラで、待ってくれている人からすれば、全く予定が立たないという迷惑ばかりかけている私のブランド。まだ確定ではないが、来年、都内で展示会をやってみようと思っている。現代のファッショニスタからすれば、洗練されたデザインもなく、土臭くて高級感にかける部分は存分にあるだろう。
ただ、私はそんな業界人の評価はあまり興味はない。洋服を知らない人や、ファッションに興味がない人だって、裸で毎日過ごしているわけじゃないんだから。
私は洋服というフィルターを通して「物語」を販売している。ありのままの物語は、確かに泥臭く、カッコよくもないし、自慢できるモノではない。もちろん未来なんて見えていないし、どうなるかなんて分からない。ただ、そんな洋服バカの紡いだ全ての物語は、手にした人を必ず支えてくれる。
あえて「作った洋服をどんな人に着て欲しい?」と聞かれれば、目標に向かって頑張る人、疲れている人、悲しい人、悩んでいる人、そう答えだろう。今の現状に十分幸せを感じている人は、道具が放つ物語の力なんて要らない。そもそもかっこいい人は何を着ててもかっこいい。それは事実。
私はまだ道具に助けられなければ生きていけない。やりたいことが山ほどあるからこそ、時間をかけて物語を織り込み自分自身も力をもらっている。
Painted Blankの洋服を手にした時からあなたも旅の仲間の一員となる。
それぞれの旅物語を続けながら、いつかあなたが育てたこの姉妹の姿を見せて欲しい。その洋服から語られる物語は、きっと私を強くしてくれるはずだから。